2018年のふりかえり【その1】わが子がギフテッド(?)だった

桜 Blogging
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2018年は本当に色々あったんですよね……。なんか年の後半かなり疲れちゃってたんで、全然ブログの更新ができませんでした。2019年春になってようやく気分が持ち直してきたので、ちょっと振り返っていこうと思います。

それぞれの記事を書くかもしれないけれど、ひとまず大まかに2018年の、2018年度の記憶をメモっておきます。

わが子がギフテッド(?)だった

生まれた直後から「なんかよその子と違うなぁ」とほんのり思っていた娘氏ですが、2018年にWISCを受けて、発達に凸凹のある子だと数値の裏付けがとれました。いや、知ってたけどね、やっぱりかっていう地味な感慨があるだけだったけどね……。

で、ようやく「うちの子は優れたところもあるけれど、他の子よりも苦手なこともあるんです。サボったり話を聞いてなかったりしているように見えたとしても、態度が悪いわけじゃないんです!」ということが言いやすくなりました。WISCの結果とスクールカウンセラーの解説がないとただのモンスターペアレントなので、ようやく足場固めが住みましたよ。これが9月頃だったかな。

娘を評するのに単なる「天才」という言葉ではなく「ギフテッド」という言葉のほうがしっくりくるのは、ギフテッドにありがちなasynchronous development(非同調的発達;全米ギフテッド児協会 National Association For Gifted Childrenの解説はこちら)があるためです。

言語性知能は高いけど動作性知能はふつうなので、アタマの良さのわりに「急がずのんびり」に見えてしまうんですよね。母親の私自身、実は「マイペースで自分のことしか考えない子」と受け取ることは多々ありました。

が、そもそもできないというか、最大限頑張って”これ”なら急かしてもしかたないわけで……というのが、親はわかったけど先生方はわからないし、知らせて理解したつもりでもつい忘れてしまうので、度々リマインドしていかないといけない感じで、2018年度末を終えようとしています。

「みんな、知能高い=天才って思っちゃって、なんでもできるように勘違いしちゃうけど、違うタイプもいるんだよ、ちょっと苦労するタイプもいるんだよ?」ということで、日本では医療や心理、教育、福祉などのどの分野でも標準的な専門用語となっていない「ギフテッド」という言葉を、このブログではあえて使っていこうと思います。

数学オリンピック入賞とか音楽コンクール入賞とかの華々しい成果があるわけじゃないし、ASDっぽさもない、ほんわかした良い感じの凡人っぽい子だけに、特別扱いもされないんですよねぇ。それがまた苦労の一つだわ。

 

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